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紀 行 文 
興奮・感動・感涙の進水式
 
常石造船所(広島県福山市)
 八万二千超トンの巨大な船体が静かに動き出した・・・・・・。
 広島県福山市の常石造船所、第一ドックで挙行された進水式の光景を式台の壇上からわれら玉高九回卒の三十三名の面々はかたずを飲んで見つめていた。
 そもそも何で私たち三十三名がこの栄誉ある(?)式台に上ることができたのか。
 伊倉出身で、九州大学造船科に進み、日本鋼管に就職した丸山國生君という同級生がいる。彼は舟の設計と造船現場での技術指導に力を尽くし、世界中に数多くの船舶を送り出してきた。まさに日本経済の牽引的役割を担ってきた一人である。殊に常石造船の会長や社長等の幹部級の人たちとの間には、仕事を越えた強固な信頼関係を築いてきたのだという。退職後も常石造船との強い絆は今日まで引き継がれているとのこと。以前、その丸山君の方から「一度、同級生同士で進水式というものを見に来ないか。」という話があった。その誘いを受けて何人かかのグループで三月十三日、開業一周年目の九州新幹線に乗り込み出発、それに関東や関西・中京方面等からの参加者と合流して三十三名の同級生が福山に集まった。
 ところで丸山君は、今や、知る人ぞ知る著名人でもある。インターネットには「日本鋼管という重厚長大の代表格企業で、大きな造船所の所長まで勤め・・・定年後は何を始めるかと思ったら今度はプロの画家に。院展に出品したり、三越で何度も個展を開くまでになっています。・・・時間が自由になる人で絵が上手い人はいますが、企業戦士として定年まで突っ走ってた人でこういう人は知りません」と彼のことが紹介されている。彼は四十五年ほど前から本格的に日本画を描き始めたそうだが、主にヨーロッパの国々の由緒ある街並みや建造物を対象とした風景画を中心とした創作活動に精力を傾け、そのために現在も毎年三〜四週間かけて奥様とともに世界各地への取材旅行に出かけているという。その取材旅行の回数はすでに三十回を越えているとのこと。その驚くべきエネルギッシュな彼の創作活動に対する成果として、院展入選二十数回、その他各地の市長・知事賞受という形で各方面の高い評価を得ている。
 福山に着いて丸山君に迎えられた私たちは、まず常石造船所内の研修施設に案内され、数点の作品を前にして、それぞれの作品のねらいやスケッチから仕上げるまでの苦労話などを本人自身から披露してもらった。のびやかな空間の中に緻密というか精巧さというか隅々にまで心魂を込めた「丸山画伯」の世界に私たちは引き込まれるとともに、創作に賭ける熱烈な気迫に圧倒されていった。
 この日は、常石造船が運営する兼華なリゾートホテルで、瀬戸内海の島々に沈む夕日を眺めながらのシャンパンパーティーとそれに続く宴会で私たちは旧交を温めながらとても幸せな時間を過ごすことができた。
 翌十四日、この旅における最大のイベント、進水式への参加の日である。お昼ごろから続々と多くの人びとが造船所に集まってくる。会場には色とりどりの旗がはためき、ブラスバンドや和太鼓の音が響き渡り、会場はお祝い気分で満ち満ちている。ドックには、上半分を黒、下半分を赤に塗り分けられたピッカピッカのとてつもなく巨大な新造船が、船首を陸の方に、船尾を海に向けて進水の時を待っている。積載重量八万二千百トン、長さ二百二十九メートル、幡三十二メートル、喫水の深さ二十一メートル。この船はバルクキャリアという船種の鉱石運搬船。船というものを日頃あまり見慣れていない私たちの眼前に、むき出しになって陸の上にそそり立つ超巨大船。首が痛くなるほど上を見上げてその大きさを確認する。下に目を移すと喫水線より下方に波の抵抗を消すために造られたパルバス・バウと呼ばれる奇妙な球状の突起物。私たちにとっては、その規模や形状の何もかもが驚異的で、衝撃的なこの新船との「遭遇」であった。
 やがて私たちは船首の前に設けられた一段と高い進水式用の壇上に案内され、全員の胸に来賓用の赤い大きな造花がつけられた。同じ壇上の新船のオーナーやその関係者は皆な立派な正装でビシッと決められているが、私たち三十三人はそれぞれにラフな旅の服装。ちょっと場違いな感じがしないではないが、このXIP待遇には感謝感激である。
 それにしても、式台上から真正面に再び対峠した時のこの船の巨大さには改めて威圧されるとともに今度はその厳然としたたずまいに畏敬の念さえ覚えた。
 式台の上から会場を見渡すとそこにはすごい数の人・人・人‥・・。引率されてやって来た小学生や幼稚園児の団体が目につく。小さい時からこのような機会が与えられることは本当にいいことだと思う 船に一番近いテーブルの上には大きな生花が飾られ、そこから支え網が船首の突端まではるか見上げるように伸びている。その突端から布で作られた五色のテープが長々と式台と繋がって風にかすかに揺らめいている。いよいよ進水式の開始。まず船の命名式。新造船の名が告げられ、船名を覆っていた幕が外されると「ENERGY  TORINTON」という文字が船首の横に鮮やかに浮かび出た。突然、銅鑼の音が鳴り渡る。時を置かずして新船が力いっぱい汽笛を吹き鳴らしその音が周囲の山にこだました。それはまるでこの船の誕生を告げる元気な産声のようにも聞きとれた。それを合図にオーナーのご夫人によってついに支え網が切られる。舳にセットされたシャンパンが黒光りした船体に叩きつけられ、弾けた白い泡が派手に飛び散った。爆竹の炸裂音とともに青空に吹き上げられた金・銀・赤・青・黄等の色とりどりのテープや紙吹雪がキラキラと船上に降り注いだ。
 一斉に湧き起こる歓声と荘厳なBGMのなかを悠然とその巨体は海上に滑り出た。ついにその船は陸上から海の上に生み出された。海は慈しむように生まれたばかりの新船「ENERGY TORINTON]号を沸き立つ泡で優しく包み込んだ。その間ほんの十数秒。どよめきと歓声はまだ鳴り止まない。これまで見たこともないそして生涯二度と味わうことがないであろう感動の渦のなかに私たちは身をゆだねていた。興奮で紅潮した顔、感動に陶然とした顔、ウルウルと感涙にむせぶ顔々がそこにあつた
 この一瞬にかけるために心血を注いでこの大仕事にかかわったすべての人々の労苦が凝縮したかけがえのないこの場面に立ち会わせていただいた幸運に感謝するとともに、世界に冠たる日本のすばらしい技術力を目の当たりにし、心から誇らしく思ったひと時ではあつた。
 今回の二泊三日の旅行、卒業以来初めて顔を会わす友もいて本当に懐かしい雰囲気のなかに和やかな時間を得ることができた。そこは気の置けない同級生同士、私たちは、すっかり五十五年前の玉高生に戻っていた。大きな笑い声と飛び交う玉名弁。あの青春の日々にタイムスリップしたような時が流れて行った。
 私たちは今年中に順番に七十四歳になる。そして来年は後期高齢者の仲間入り。しかし、まだお互い老け込む齢でもないだろう。進水式で体験した震えるような感動と同級生との邂逅で蘇った活力を心の糧として、気負わず、あせらず、ゆつたりと、しなやかに自分なりの夢を求めてこの人生のクライマックスの時期を生き抜きぬいていきたい。そしてもうあと一・二回、こういう企画があればいいなと期待しながら旅の余韻に浸っている頃である。
 最後になってしまったが、旅行中何かと気を使い誠心誠意もてなしてもらつた丸山國生君には心からの感鮒の念を捧げるとともに、一年も前からこの旅の企画運営にかかわってくれた世話係の方々に厚くお礼を申し上げます。
荒木俊之(高9)

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